【書評】「生と死の取扱説明書」を読んで改めて死生観を考え直した

この記事は 3 分で読めます。

こんにちは。ニャンチカです。
 
 
今日は苫米地さんが書いた、
「生と死の取扱説明書」という本を、
読んだので感想を書いていきます。
 
 
このレビューを読めば、
死というものについての理解が深まり、
死生観を考えるきっかけになります。
 
 
ナンパの行動力を上げるのに、
一役かうこと間違いなしです。
 
行動力が上がれば、
どんどん声掛け出来るようになりますし、
連れ出しも即の数も増えていきます。
 
 
早速内容に入っていきますね。
 
 

生と死の取扱説明書について

 
 
最近この本を読んだのですが、
結構面白かったです。
 
 
苫米地英人さんという人が、
書いた本です。
 
 
 
 

死者を忌み嫌う日本人

 
 
苫米地さんによれば、
 
日本人は死を、
恐ろしいものだと捉えている
 
と述べています。
 
 
例えば抱石葬という言葉を、
知っていますか?
 
 
縄文時代のお墓からは、
遺骨が石を抱いた状態で、
出てきたそうです。
 
 
 
死者に石を抱かせて埋葬したので、
抱石葬というのですが、
 
これは死者が蘇らないようにする
 
という意味があるようです。
 
しかも石が浅いところではなく、
かなり深いところに、
埋められたと言います。
 
 
石を抱かせて、
地中深くに埋めることで、
 
あの世から戻ってくるのを、
防ごうとしたそうです。
 
 
 
 
他の例も出しましょうか。
 
古事記などの神話を見ても、
死後の世界は忌み嫌うべき場所だ
と言っています。
 
 
 
この本に書かれていた古事記の例が、
興味深かったので紹介しますね。
 
 
イザナギという神は亡き妻のイザナミを、
追って死者のいる世界に行き、
妻を生き返らせようとします。
 
 
死後の世界から抜け出すための条件として、
妻のイザナミは夫のイザナギにこう言います。
 
「決して私の方を振り返ってはならない」
 
 
 
 
ですが不安に思ったイザナギは、
あと少しというところで、
振り返ってしまうのです。
 
 
すると・・・・
 
 
美しかった妻がウジ虫だらけの姿になり、
怖くて夫のイザナミは逃げ出したそうです。
 
 
 
ウジ虫だからという描写は、
死体を放っておくとウジ虫だらけになる、
というところからの発想でしょう。
 
 
ですがこれを読めば、
 
死後の世界は不浄であって、
そこに行った人には、
二度と帰ってきて欲しくない
 
という考えがあったのがわかります。
 
 

日本固有のうつるという考え方

 
 
死後の世界を忌み嫌う日本人ですが、
これに加えて日本独特の、
ある考え方があります。
 
 
それは
”うつる”
 
という考えです。
 
 
 
もっと具体的にいうと
 
不浄なものが”うつる”
 
ということです。
 
 
先ほど説明した
 
「死を忌み嫌う考え」
 
そして
 
「忌み嫌うものが近くにいると
 うつると考える」
 
という発想は、
部落差別の問題にも繋がる
と筆者は言っています。
 
 
まず死体を忌み嫌うという考えがあり、
それが死体を扱う職業の人を、
忌み嫌うことにつながる。
 
さらにはその人から穢れが
「うつる」として交流を断ち、
一箇所に済ませて「部落」とした。
 
そうやって隔離させた。
 
 
「なるほどなー」
と読んでいて思いましたね。
 
 
そして
 
日本人の「死」や「死体」に対する、
異常なまでの忌み嫌い方は、
 
死への恐怖の裏返し
 
 
と筆者は述べています。
 
 
 
アフリカのある地域では、
死者の骨を家の周りに、
飾る風習があるそうです。
 
これは
「死者にいつまでも一緒にいてほしい」
という考えだそうですが、
 
日本の忌み嫌う価値観とは、
真逆ですよね。
 
 
 
 

僕の死生観を考え直すきっかけになった

 
とここまで日本人の、
死に対する捉え方というものを
見てきました。
 
 
この本は非常に、
勉強になる部分が、
あったんですよ。
 
 
というのも、
自分の死生観について改めて、
考え直すきっかけになったからです。
 
死生観とは生きることと死ぬことについて、
判断や行為の基盤となる考え方。
生と死に対する見方。
 
(wikipedeiaより引用)
 
 
一応言っておきますが、
僕が言っているのは、
宗教の死生観ではないです。
 
僕個人の死生観で、
哲学チックなモノです。
 
 
まあそれより少し前に、
僕が死を意識するきっかけが、
結構あったんですよね。
 
 

介護をして死とは何か考えさせられた

 
 
僕は自宅で祖母の介護を、
していたことがありました。
 
 
介護の壮絶さは僕の想像を、
はるかに超えていました。
 
もちろん体力的にも疲れます。
 
 
祖母を持ち上げたり、
運んだりしなければいけないので、
超肉体労働です。
 
 
 
しかも夜中はうめき声をあげたり、
1時間おきにトイレに起きたりと、
全く寝付けることができませんでした。
 
 
ただそれより辛かったのが、
祖母が日に日に何もできなくなるのを、
見ている時でした。
 
 
この前まで一人で、
ご飯を食べていたと思えば、
 
ある日突然スプーンが、
使えなくなってしまったり、
 
 
 
今まで散歩していたのに、
ある日突然歩けなくなってしまったり、
 
 
見た目も衰え、
祖母は次第に衰弱していきます。
 
 
僕は祖母が「死」に、
少しずつ近づいていることを、
意識せざるを得ませんでした。
 
 
 
「目の前の祖母は確かに生きている。
 でも確実に死に近づいている」
 
 
僕は常にこういったことを、
思っていました。
 
 
それと同時に、
 
 
「死ぬために俺たちは生きているのか?」
 
と恐ろしいほどの虚無感に、
僕は襲われたのです。
 
 
それから僕は毎日、死について、
考えるようになりました。
 
 
「もし死んだらどうなるんだろう」
 
「死んだらそもそも自分を認識できるのか?」
 
「死ぬ時って苦しいのか?」
 
僕は考えれば考えるほど、
怖くなりました。
 
 
 
いやだ死にたくない。
死にたくない・・・・
死にたくない・・・
 
 

死を受け入れたら一瞬一瞬を懸命に生きれるようになった

 
 
そんな調子で僕は、
毎日死に怯えていた日が、
続いたのですが。
 
 
僕は死を受け入れることにしました。
 
常に死を意識して、
毎日を過ごすようになったのです。
 
その時の話はこちらで詳しく書いています
↓ ↓ ↓ ↓
セカイノオワリを聞いて僕は死生観を考え始めた。
(現在作成中です)
 
「俺は来年死ぬかもしれない」
 
「俺は明日死ぬかもしれない」
 
「俺は今日死ぬかもしれない」
 
 
そして僕は常に自分にあることを
問い続けるようになりました。
 
「もし今日死ぬとしたら、
 笑って死ねるか?」
 
 
それと同時に僕は、
うかうかしていられなくなりました。
 
 
 

行動の源泉は死生観

 
 
例えばもし自分の余命が、
あと2日だと医者に言われたら、
 
本当に自分のしたいことしか、
やらないと思うんです。
 
 
家で昼寝してる暇なんてないですよね?
 
 
それにおそらく大半の人が、
風俗とかキャバクラに、
行きまくるんじゃないのかな?
 
やってやってやりまくるはずです。
(たぶん)
 
 
 
「なんでそんな毎日ナンパできんの?」
 
「その行動力はどっから湧いてくんの?」
 
と僕はたまに言われることがあります。
 
 
 
もちろん自分では、
 
「いや昔モテなかったからさ。
 それがコンプレックスで解消したいんだよね」
 
とか僕は答えるのですが、
最近ちょっと違うのかなーと、
思ってきました。
 
 
明日死ぬかもしれないという。
いつ死んでもおかしくない。
 
今日死ぬとしたら、
笑って死ねるか?
 
 
 
「この死生観が行動の原動力なのでは?」
と最近思うようになったのです。
 
 
だからこそ、
家でゴロゴロしたりとか、
意味もない飲み会に行ったりとか、
 
そういうことは、
ほとんどなくなりました。
 
 
 
 
僕は死を意識していたら、
いつのまにか死生観が誕生。
 
そして一瞬一瞬を懸命に、
生きられるようになった。
 
 
 
だからこそ僕はナンパでも、
懸命にやるし、必死にやる。
 
 
何よりこの本を読んで、
今一度死生観を捉えなおす、
きっかけになりました。
 
 
 
この本では他にも宗教について、
詳しく書かれています。
 
この記事では触れませんでしたが、
興味のある人は読んでみてください。
 
 
それではまた。
 
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僕が死を受け入れるようになったきっかけはこちら
↓ ↓ ↓ ↓
セカイノオワリを聞いて僕は死生観を考え始めた。
(ただ今作成中です)
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